江戸時代を象徴する京都の二条城。その歴史とは?

江戸時代を象徴する京都の二条城。その歴史とは?

京都の二条城は、京都御所と並んで観光でははずせないスポットです。

市内の中心にあり、アクセスもとても良い場所にあります。

江戸時代はここから始まりここで終わったという、江戸時代を象徴する平城です。

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初代将軍徳川家康が征夷大将軍に宣下されたのが、二条城です。

15代将軍徳川慶喜が大政奉還したのも、二条城です。

明治時代には離宮になりましたので「元離宮二条城」が正式名称です。

1994年には、世界文化遺産に登録されていて、いくつもの国宝や重要文化財も所蔵しています。

その歴史とともに城内にいくつもある見所を紹介します。

二の丸

二の丸

二の丸は国宝になっています。

御殿の廊下を歩けば、うぐいす張りのキュッキュッという音も国宝の響きです。

その広さは約3,300㎡、部屋の数33、使われている畳は800畳を超える大きな建物です。

造りは、江戸時代特有の武家風書院造りです。

車寄、遠侍、式台、大広間、蘇鉄の間、黒書院、白書院の順に東南から北西方向へ

雁行に並び立っています。

車寄

唐門から入ってすぐにあります。

入り口近くであるせいか、手の込んだ欄間彫刻等の装飾が特に豪華です。

屋根は桧皮葺(ひわだぶき)です。

牛車でそのまま中に入れるように四半敷にしています。

遠侍

遠侍

一の間、二の間、三の間、若松の間等に分かれています。

これらは、城に参上した大名たちの控え室です。

勅使の間は、朝廷の勅使と将軍が面会する間でした。

総面積は約1000㎡もあります。

式台の間

大名たちと老中たちとが面会する間でした。

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大広間一の間・二の間

大広間一の間・二の間

一の間は48畳、二の間は44畳の大広間です。

将軍と大名たちとが面会する間でした。

一の間で1867年、大政奉還が発表されたのです。

人形を並べてその時の様子を再現しています。

大広間四の間

将軍が上洛の際に、武器を収蔵しておいた間といわれてます。

黒書院

黒書院

将軍と大名の中でも親藩大名と譜代大名に限られた言わば内輪だけの面会の間でした。

白書院

白書院

将軍の居間兼寝室でした。

二の丸御殿にある障壁画は、3,000以上もあり、その約1/3が重要文化財になっています。

白書院以外の全ての間で金箔が張られて、そこに鮮やかな障壁画が施されてます。

全体に装飾は間によって趣向を変えています。

障壁画や襖絵は、当初からあったものではなく、1626年の二条城大改築の際に施されたものです。

幕府御用絵師であった狩野探幽を中心とする作品になっています。

本丸

本丸

本丸は、内堀に囲まれています。

それでもその広さは約20,000㎡にも及びます。

本丸御殿は、当初は二の丸御殿とほぼ同等の大きさで、5層の天守閣もそびえていたのです。

それが1750年の落雷で焼失したのです。

1788年には、大火で殿舎も焼失してしまったのです。

狩野派の障壁画もありましたが、焼失しました。

1860年代の幕末になってから、15代将軍徳川慶喜の住居として本丸御殿を再建しましたが、これも1881年に撤去されました。

1894年に京都御苑今出川御門内にあった旧桂宮邸の御殿を移築したのが、現在の本丸御殿なのです。

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庭園

二条城にある庭園は、二の丸庭園、本丸庭園、清流園の3つがあります。

中でも、二の丸庭園と清流園は日本トップクラスの評価を受けています。

二の丸庭園

二の丸庭園

二の丸を建築した江戸時代の始まりとともに造られたとされています。

書院造の庭園はその後、何度も改修されています。

幕末の頃には、樹木もない池も枯れたまさに枯山水風の庭園になっていたとされています。

明治になってからも何度も改修され、現在の景観に達したのです。

1939年、名勝に指定されると1953年には、国の特別名勝に指定されました。

今では、文化財としての評価も高い庭園になっています。

本丸庭園

本丸庭園

本丸庭園は、1788年の大火で御殿とともに焼失したとされています。

その後、幕末になると15代将軍徳川慶喜の居室が建てられるとともに茶庭風に造園されました。

1881年に本丸が取り壊せるとともに庭園もなくなりました。

旧桂宮邸の一部を移築して本丸になってから、枯山水庭園になりました。

さらに1896年には、芝庭風築山式庭園と変貌していきました。

清流園

清流園

元は、二条城の一部等があった土地だったのですが、改築移築を重ねて転用を繰り返していきました。

空き地になった大正時代に疎林式庭園が一度、造られています。

それも1950年、進駐軍によってテニスコートにされました。

1965年になって清流園として造営されています。

芝生がメインの洋風庭園と池泉回遊式山水園の和風庭園の2つがある和洋折衷型の庭園になっています。

まとめ

京都に寄った際には、ぜひ二条城を観光してみて下さい。

その重厚な歴史を目の当たりにしてみれば、時代の変わりの何かを感じられるものがあるはずです。

シーズンによっては、ライトアップしていたり桜祭り等のイベントも行われています。

せっかくですので、そのタイミングを合わせるのも良いでしょう。



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